大判例

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大阪地方裁判所 昭和23年(レ)26号 判決

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人等は控訴人に対し、大阪市生野区猪飼野東一丁目二十六番地上、木造瓦葺二階建家屋二戸建一棟のうち西側の一戸を明渡すべし。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において「本件家屋は戰時中である昭和二十年七月建物疎開のため除却を命ぜられたのであるが、現実に除却されない間に終戰になり除却を免れたものであることはこれを認めるが、被控訴人等主張の被控訴人上田薫と訴外挨沢兼次郎との間の本件家屋の賃貸借契約については、昭和二十年七月本件家屋が疎開のため除却されることになつた際被控訴人上田は本件家屋を退去したのであるから、これによつて賃貸借契約は合意解除されたものと解すべきである。当時家屋の疎開のための除去命令が発令された場合に、現実に除却される前に終戰になり終に除却を免れるというようなことは何人の予想だもし得なかつたところであるから、右賃貸借の解除は被控訴人主張のような條件にかかるものと解すべきではない。」と述べたほか原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

<立証省略>

三、理  由

控訴人主張の家屋が訴外挨沢兼次郎の所有であること及び被控訴人等が現にこれを占有していることは当事者間に爭がなく、原審証人伊藤彌兵衛の証言及びこれにより眞正に成立したものと認められる甲第一号証並びに原審及び当審における証人挨沢兼次郎の証言によれば、控訴人が昭和二十年九月一日訴外挨沢兼次郎との間に同訴外人より前記家屋を控訴人主張の定めて賃借する旨の賃貸借契約を締結したことが認められるから、以下被控訴人等の本件家屋占有の当否について考えよう。

本件家屋は戰時中である昭和二十年七月建物疎開のため除却されることになつたが、未だ現実に除却されない間に終戰になり除去を免れたものであること、被控訴人上田が訴外挨沢兼次郎より本件家屋を賃借し、昭和二十年七月疎開を命ぜられるまでこれに居住し、右疎開を命ぜられるに至つてこれを立退いたものであることは当事者間に爭がなく、原審証人上田のぶの証言によれば、終戰によつて本件家屋が除却を免れたので被控訴証人上田は終戰後間もなく本件家屋に復帰したものであることが認められる。

從つて、建物疎開のための除去をめぐる当該建物の賃貸借関係の運命如何ということが本件における主要な論点であるわけであるが、この点については当裁判所はつぎのように考える。

賃借家屋について所有者に対し除却命令が発令される場合には、多くは同時に賃借人に対しても立退命令が発せられるであらうけれども、賃貸借関係はこれ等の発令またはこれによる賃借人の立退によつて法律上当然に終了するものではなく、これにより賃貸人がその責に帰することを得ない履行不能の壯態にたちいたることによつて終了するものと解すべきである。けだし、この点については防空法上何等直接規定するところがなく、右の命令は防空上の見地よりして家屋除却を実現する手続としてされるものであつて、これらの命令自体は私権関係の消滅を直接その内容としていないものと解すべきであるからである。しかしながら、この場合に賃貸人の履行不能が何時発生するか、言い換えれば除却命令の時か、立退命令の時か、現実の立退の時か、現実の除却の時かについては更に考究を要するものであるが、防空法上、除却による建物所有権の喪失、これによる損失の補償請求権等が現実の除却によつて発生するものと解すべきである(第十三條参照)点に徴し、ひとり賃貸借関係のみそれ以前既に除却命令、立退命令若しくはそれによる現実の立退きにより消滅させる合理的根拠に乏しいばかりでなく、罹災都市借地借家臨時処理法が現実に除却された建物の除却当時の賃借人の保証を講じながら、除却命令及び立退命令が発令されたにも拘らず終戰によつて終極的に除却を免れた建物(相当多数の建物がこのような運命にさらされたことは当時われわれの目撃したところである)のこれらの命令によつて立退いた賃借人の保護について何等の規定も設けていないことを併せ考え、右の賃借関係の消滅を來たすべき賃貸人の履行不能も同じく建物が現実に除却された時に発生するものと解するのが最も妥当である。

もつとも、右のように除却命令ないしそのための立退命令が出た場合にも、賃貸借の当事者が特にその機会に、別段に賃貸借の解約をした場合、これによつてその賃貸借が終了することは言うまでもなく、以上に述べたところがそのような当事者の意思表示による解約の効力を少しもさまたげるものでないことは、多く言う必要がない。

ただそれは明白に解約の意思表示があつた場合のことである。賃借人の立退または賃料の清算ないし敷金の返還などの行爲が行われただけの場合に、それらの行爲が解約の意思表示を伴つたと解釈すべきかどうかということになると、通常の場合と事態が逆になることに注意せねばならない。そういう行爲は通常賃貸借の終了を前提とした行爲であるところから、その前に別に解約がなされてもおらず他に賃貸借終了の原因もないようなときは、通常、その行爲を通じて解約の意思表示がなされているとみるのが相当で、それがその当事者の気持によく合つているわけである。ところが、建物の除却命令ないしそのための退去命令が出た場合には、建物の除却は免れ得ないところであり、上に述べたように、それによつて賃貸借の終了することは既定の事実として当事者の眼前にある。(その法律構成が頭にあるのではない。除却で建物がなくなつてしまえば、その建物の賃貸借はそれでおしまいになるということは誰でもすぐ考える)そこで当事者にとつては、賃貸借の終了による賃料等の清算の必要が残つているだけで、何も特に自分の意思表示で賃貸借を終了させる必要はないし、実際に、当事者はその運命に圧倒されているだけで、進んで自ら賃貸借を終了させる意思などもたないのが普通である。從つてその場合に賃借人の立退、賃料の清算ないし敷金の返還などの行爲がなされたとしても、それらの行爲の前提となるべき賃貸借の終了は、すでに除却命令またはそのための退去命令により、当事者の心理においてもすでに既定の事実となつているのであるからそれらの行爲はそれによつて賃貸借契約の意思表示が行われるような環境にはなく、特に予め解約しておかねばならなかつたというよくよくの事情がほかにない限りそれらの行爲によつて特に解約の意思表示がなされたと考えることはできない。なお、賃貸借が現実に終了する前に、これを前提とする退去とか、ことに賃料の清算ないし敷金の返還などの行爲をすることは、通例の場合でいつても少しも不自然なことではなく、契約関係の円滑な処理としてむしろ必要な場合が多いのであるから、建物除去の前に退去が行われたとしてもその時またはそれ以前に、賃貸借が終了したと考えねばならぬ必要はなく、從つてその終了原因としての解約を想定せねばならぬ必要は少しもない。

控訴人は、本件建物の除却命令後その事態に應じて被控訴人上田がその建物から退去した行爲をもつて賃貸借契約の意思表示であると主張するのであるが、右に説明した通り、なお他に特段の事情でもない限り、右の退去の行爲をもつて賃貸借契約の意思表示と解することはできないし、そう解さねばならないような特段の事情があつたという主張も立証もない。

されば前認定の如く、昭和二十年七月本件家屋が疎開のため除却されることになり賃借人である被控訴人上田が本件家屋を一旦立退き、終戰後間もなくこれに復帰したものである本件においては、前記除却命令若しくは立退の前後を通じ被控訴人上田の本件家屋についての賃借権並びにこれに基く占有は継続しているものと断ずべきであつて右賃貸借の終了原因についてほかに何等の主張立証がないのであるから、右被控訴人上田の本件家屋の占有は賃貸人である訴外挨沢兼次郎との関係において適法であつて、同訴外人は同被控訴人に対しこれが明渡を求め得べき限りではないと認めるのほかはないのである。

つぎに、被控訴人東部布帛製品有限会社は、被控訴人上田がその事業を会社形態で経営するものである関係からして、早くから同被控訴会社も本件家屋に営業所を設置しているものであることは原審証人上田のぶの証言によつて認められる。從つて、被控訴会社は被控訴人上田の前認定の賃借権の範囲内で本件家屋を使用するものというべきであるから、賃貸人である訴外挨沢兼次郎は、被控訴人上田に対し明渡を求め得ない限り、同被控訴会社に対しても本件家屋の明渡を求め得べき限りではない。

從つて、訴外挨沢兼次郎に代位して本件家屋の明渡を求める控訴人の本訴請求は失当であつて、これを棄却した原判決は相当であるから民事訴訟法第三百八十四條に則つて本件控訴を棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八十九條、第九十五條を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 浜本一夫 鈴木敏夫 坂井芳雄)

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